第一飛行師団編合

 日本軍はミッドウェー作戦の支作戦としてアッツ島・キスカ島を占領していたが、 米軍の反攻はここから始まった。アッツ島では昭和十八年五月十二日の米軍上陸の後激戦の末 五月二十九日に守備隊が玉砕した。この戦いの中、大本営はアリューシャン方面放棄の方針を 決定した。キスカ島守備隊の撤退は六月に一部が潜水艦により、七月二十九日に残部が濃霧に 紛れて第五艦隊〔司令長官;河瀬四郎中将(海兵)38〕隷下の第一水雷戦隊 〔司令官;木村昌福少将(海兵)41〕により成功裡に行われた。この結果千島列島が北東方面の 対米第一線となった。

昭和十八年八月三十一日
第一飛行師団司令部(師団長:原田宇一郎中将25)
   第二〇飛行団司令部(団長:下田龍栄門少将26)
      飛行第三戦隊(司偵、軽爆)
      飛行第五四戦隊(戦闘)
   第二五飛行団司令部(団長:山中繁茂少将26)
      飛行第六二戦隊(重爆)
      飛行第六三戦隊(戦闘)
      飛行第六七戦隊(襲撃)
   飛行第三八戦隊(司偵)
   第二〇航空地区司令部、第二一航空地区司令部
      第四九飛行場大隊(軽爆)、第五五飛行場大隊(戦闘)、
      第六三飛行場大隊(重爆)、第七七飛行場大隊(戦闘)、
      第八〇飛行場大隊(襲撃)、第八三飛行場大隊(司偵)、
      第一〇飛行場中隊
   第一〇航空通信聯隊
   第一航空固定通信隊
   第二〇航測隊
   第二〇航空情報隊
   第六野戦航空修理廠
   第六野戦航空補給廠
   第一一野戦気象隊

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Last Update 2010/01/25