第二航空軍編組

 昭和十九年軍令陸甲第一一四号(昭和十九年八月二十一日)により第一五飛行団司令部は 独立第一五飛行団司令部に改変された。独立第一五飛行団の任務は鞍山製鉄所の防空である。 このために大陸命第一〇九七号(昭和十九年八月五日)により編成を令された鞍山防衛隊 を独立第一五飛行団長指揮下に置いて空地一体の防空体制をとった。  鞍山は成都に前進基地を置く米第二〇爆撃集団 (司令官;カーチス・ルメイ少将)により 昭和十九年七月二十九日にB−29重爆撃機60機 による初空襲を受けており、 南満州はこの後しばしば空襲を受けるようになった。第二航空軍は 防空戦闘を行うには戦力不足であったため、 大陸命一〇九三号(昭和十九年七月三十一日) により第一〇飛行師団隷下の飛行第七〇戦隊(戦闘)が 関東軍総司令官指揮下に配属された。 一方第二飛行団および飛行第四八戦隊(戦闘)は大陸命第九九四号 (昭和十九年四月二十五日)により 支那派遣軍総司令官指揮下にあり大陸本土で作戦に 従事していたので、こ の時機の第二航空軍の作戦機は 100機を割り込んでいたが、地上支援部隊は 充分な余力を残しており 相当数の飛行部隊の受け入れが可能であった。

昭和十九年十月三十一日
第二航空軍司令部(司令官:板花義一中将23)
   独立飛行第四一中隊(襲撃))
   独立飛行第六六中隊(軍偵)
   独立飛行第八一中隊(司偵)
   第二飛行団司令部(団長:林三郎大佐29)
      飛行第六戦隊(襲撃)
      飛行第九戦隊(襲撃)
支那派遣軍総司令官指揮下
ニ配属
   独立第一五飛行団司令部(団長:土生秀治少将31)
      独立飛行第二五中隊(戦闘)
      飛行第四八戦隊(戦闘)
飛行第四八戦隊ハ
支那派遣軍総司令官指揮下
ニ配属
   飛行第二八戦隊(司偵)(欠1中隊)
   第一独立飛行隊(司偵)
   第一〇一教育飛行団司令部(団長:志方光之少将29)
      第二三教育飛行隊(襲撃)
      第二四教育飛行隊(戦闘)
      第二五教育飛行隊(戦闘)
      第二六教育飛行隊(戦闘)
      第二七教育飛行隊(戦闘)
      第四二教育飛行隊(戦闘)
      第四錬成飛行隊(戦闘)
      第一四錬成飛行隊(戦闘)
   第二航空軍第一教育隊
   第一練習飛行団
   第二航空地区司令部、第一四航空地区司令部、
   第二八航空地区司令部、第五〇航空地区司令部
      第九飛行場大隊、第一〇飛行場大隊、
      第一一飛行場大隊、第一三飛行場大隊、
      第一六飛行場大隊、第二九飛行場大隊、
      第三〇飛行場大隊、第三六飛行場大隊、
      第三九飛行場大隊、第四〇飛行場大隊、
      第四五飛行場大隊、第五三飛行場大隊、
      第五四飛行場大隊、第六七飛行場大隊、
      第七一飛行場大隊、第七九飛行場大隊、
      第八八飛行場大隊、第九三飛行場大隊、
      第九七飛行場大隊、第一九六飛行場大隊、
      第二〇一飛行場大隊、第二〇五飛行場大隊
   第四航空通信司令部(司令官:末光元広少将21)
   第二航空通信聯隊ノ主力、第八航空通信聯隊
   第二二対空無線隊、第二七対空無線隊
   第二航空固定通信隊
   第一航空特種無線隊
   第三航空情報聯隊、第一一航空情報聯隊
   第二航空軍特種情報部
   第七野戦航空修理廠(欠第一独立整備隊)、
   第八野戦航空修理廠(欠第一・第三独立整備隊)、
   第九野戦航空修理廠(欠第二独立整備隊)、
   第一〇野戦航空修理廠(欠第一・第二独立整備隊)、
   第一一野戦航空修理廠(欠第一・第二独立整備隊)、
   第一二野戦航空修理廠(欠第一・第二独立整備隊)
   第八野戦航空補給廠、第九野戦航空補給廠、
   第一〇野戦航空補給廠、第一一野戦航空補給廠、
   第一二野戦航空補給廠
   第二気象聯隊ノ主力
   独立自動車第六五大隊
   第一六野戦勤務隊本部
      陸上勤務第七〇中隊、陸上勤務第八九中隊、
      陸上勤務第九〇中隊
   第二野戦建築隊本部
      建築勤務第四一中隊、建築勤務第四二中隊

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Last Update 2011/02/05