第二飛行師団編合

 第二飛行師団は無用の消耗を避けるため南方軍総司令官の直属とされていたが、 大陸命第一一二七号(昭和十九年九月十三日)により第四航空軍戦闘序列に編入された。 十月二十日の米軍レイテ島上陸に対して第二飛行師団による十月二十四日の総攻撃が企図された。 攻撃は指揮下に配属された部隊も含め各分科ごとの以下の軍隊区分で行われた。それまでにかなりの 損耗があったので、出撃予定機数は以下に示される程度だった。 攻撃日は栗田艦隊〔第一遊撃部隊;栗田健男中将(海兵)38〕のレイテ湾突入と連係して十月二十四日 と決定された。
     ◆戦闘部隊(長 第三〇戦闘飛行集団長青木武三中将27)      100機
       ◇第三〇戦闘飛行集団(第四航空軍司令官隷下)
          第一二飛行団(飛行第一・第一一・第二二戦隊)
          第一六飛行団(飛行第五一・五二戦隊)
          飛行第二〇〇戦隊(主力は未着)
       ◇第九飛行団(飛行第二四・第二六・第二〇四戦隊)
       ◇第二二飛行団(飛行第五一・第五二戦隊)
     ◆襲撃部隊(長 第六飛行団長小野門之助大佐29)           30機
       ◇第六飛行団(飛行第六五・第六六.第六七戦隊)
       ◇独立飛行第七三中隊
     ◆複戦部隊(長 飛行第四五戦隊長高橋賢一少佐43)          5機
       ◇飛行第二七・第四五飛行戦隊
     ◆双軽部隊(長 第三飛行団長長浜秀明大佐37)            20機
       ◇第三飛行団(飛行第三・第七五飛行戦隊)
     ◆重爆部隊(長 第七飛行団長穐田弘志大佐36)             9機
       ◇第七飛行団(飛行第一二・第一四・第六二戦隊、雁部隊)
     ◆偵察部隊(長 飛行第二戦隊長沢井光二中佐37)
       ◇飛行第二戦隊                               3機
       ◇独立飛行第三一中隊(機載電波警戒機)               2機
第四航空軍および第二飛行師団は戦闘司令所をネグロス島シライに前進して二十四・二十五日の総攻撃を指揮したが、 戦果は輸送船100撃沈の目標に対して撃沈1、炎上11、撃破4と著しく不振であった。 稼働率の低下(兵力集中の遅延、米軍空襲被害の復旧遅れ)、艦船攻撃の錬度不足等が原因であった。  この頃の第二飛行師団の編制人員は陸軍省兵務局兵備課の調査で4,891名(昭和十九年九月十日調。 内訳は兵科 4,774名、各部117名)であった
   【フィリピン周辺図】 

昭和十九年十月三十一日
第二飛行師団司令部(師団長:木下勇中将26)
   第二飛行師団司令部空地連絡中隊
   第六飛行団司令部(団長:小野門之助大佐29)
      飛行第六五戦隊(襲撃)
      飛行第六六戦隊(襲撃)
   第七飛行団司令部(団長:穐田弘志大佐36)
      飛行第一二戦隊(重爆)
      飛行第六二戦隊(重爆)
   第一三飛行団司令部(団長:江山六夫中佐37)
      飛行第三〇戦隊(戦闘)
      飛行第三一戦隊(戦闘)
   第二二飛行団司令部(団長:吉田直中佐35)
      飛行第一七戦隊(戦闘)
      飛行第一九戦隊(戦闘)
   飛行第四五戦隊(襲撃)

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Last Update 2011/01/05