第三飛行師団編合

 在支米航空軍(CATF)は昭和十八年三月十日に第一四航空軍(司令官; クレア・シェンノート少将)に改編された。第一四航空軍は桂林を中心とする 西南支に足場を築き、その戦力はB−24重爆撃機を含む約170機と推定された。これに 対して第三飛行師団は大陸命第七九八号(昭和十八年六月七日)により第二航空軍から 飛行第八五戦隊(戦闘)、第三航空軍から第八飛行団(司令部、飛行第五八・六〇戦隊。共に重爆)を 一時的に配属し、以下を目標とした航空作戦を実施した。
     第一期(七月中旬〜八月中旬)    衝陽、零陵等桂林より北の飛行場
     第二期(八月中旬〜下旬)       重慶および揚子江の船舶・施設
     第三期(九月上旬〜下旬)       桂林および雲南の飛行場
本航空作戦は天候不順のせいもあって戦果は満足のいくものではなかった。また我が 重爆の脆弱性も明らかになり、昼間の戦爆連合による攻撃は困難になっていた。 第三飛行師団では新編の第一〇五教育飛行団が編合に編入された。
   【中国要図】

昭和十八年八月三十一日
第三飛行師団司令部(師団長:中薗盛孝中将24)
   独立飛行第一八中隊(司偵)
   第一飛行団司令部(団長:今西六郎少将27)
      飛行第一六戦隊(軽爆)
      飛行第二五戦隊(戦闘)
      飛行第九〇戦隊(軽爆)
   飛行第四四戦隊(偵察)
   第八直協飛行隊
   第一〇五教育飛行団司令部(団長:近藤三郎大佐28)
      第一一四教育飛行聯隊(戦闘)
      第一一五教育飛行聯隊(司偵)
      第一一八教育飛行聯隊(戦闘)
   第三航空地区司令部、第五航空地区司令部、
   第一六航空地区司令部
      第一八飛行場大隊(軽爆)、第五七飛行場大隊(偵察)、
      第九一飛行場大隊(軽爆)、第九六飛行場大隊(重爆)、
      第一飛行場中隊(戦闘)、第二飛行場中隊(偵察)、
      第六飛行場大隊(軽爆)、第一九飛行場中隊(戦闘)、
      第二〇飛行場中隊(重爆)、第二一飛行場中隊(重爆)、
      第六七飛行場中隊(戦闘)、第六九飛行場中隊(司偵)
   第一五航空通信隊
   第一五航空情報隊
   第一五野戦航空廠
   第二三航空分廠
   支那派遣軍気象隊
   兵站自動車第一三中隊、兵站自動車第六四中隊、
   兵站自動車第九二中隊

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Last Update 2010/01/25