第四航空軍戦闘序列

 大陸命第九六三号(昭和十九年三月十四日)により第一八軍および第四航空軍は第八方面軍戦闘序列 から脱除され、東部蘭印防衛を担当する第二方面軍戦闘序列に編入された。第二方面軍は第一八軍にウェアクまでの 後退を命じた。フイニステール山脈を縦走する苦しい撤退である。日本軍の力の衰えを見越した米軍はマダン、 ウェアクを素通りして四月二十二日にアイタペおよびホーランジアに上陸した。海上からの補給が途絶えた 第一八軍はウェアク地区に押し込められ、以後の戦闘に寄与することは無かった。第四航空軍は飛行部隊を ホーランジアに後退させ、ここを根拠飛行場として作戦を継続していたが、大陸命第九七七号(昭和十九年三月二十七日) により南方軍総司令官直属となった。ビアク島は、パラオ諸島と南部比島を爆撃圏に収めることのできる要衝で絶対国防圏 に含まれており、守備隊は歩兵第二二二聯隊基幹のビアク支隊であった。五月二十七日、米第四一歩兵師団が上陸を開始した。 ビアク支隊は善戦し米軍は増援を余儀なくされた。大本営も海上機動第二旅団を増援として送り込もうとした(「渾」作戦)が、 逆上陸に取りかかる前に米軍のマリアナ諸島攻略が開始さた。増援を断たれたビアク島が米軍に完全制圧されたのは八月三十一日 だった。 第四航空軍は第二方面軍戦闘序列に編入されて2週間ほど後、大陸命第九七七号(昭和十九年三月二十七日)により 南方軍戦闘序列に編入された。 第四航空軍司令部は三月二十五日にホーランジアに移動後、四月十三日にスラウェシ島メナドまで後退していたが、 比島航空戦の指揮を執るために六月二日にマニラに移動した。
   【ニューギニア要図】 
   【フィリピン周辺図】 

昭和十九年六月三十日
第四航空軍司令部(司令官:寺本熊市中将22)
   第四飛行師団
   第六飛行師団
   第七飛行師団
   独立飛行第二〇中隊(輸送)
   第一四飛行団司令部(団長:恩田謙蔵大佐30)
      飛行第六八戦隊(戦闘)
      飛行第七八戦隊(戦闘)
第六飛行師団長指揮下ニ配属
   飛行第二八戦隊(司偵)ノ1中隊
   第七輸送飛行隊本部(隊長:伴徳治少佐(少)9)
      第一一輸送飛行中隊、第一二輸送飛行中隊
   関東軍第一航空写真隊
   第一八航空地区司令部、第二九航空地区司令部、
   第三七航空地区司令部
      第一一〇飛行場大隊、第一一一飛行場大隊、
      第一一五飛行場大隊、第一一七飛行場大隊、
      第一一八飛行場大隊、第一一九飛行場大隊、
      第一二〇飛行場大隊、第一二一飛行場大隊、
      第一二二飛行場大隊、第一三〇飛行場大隊、
      第一三一飛行場大隊、第一三二飛行場大隊、
      第一三三飛行場大隊
   第二航空通信司令部(司令官:藤沢繁三中将26)
      第六航空通信聯隊
      第八航空通信聯隊ノ無線1中隊
      第二二航空通信隊
      第一四航空固定無線隊
      第二三対空無線隊、第二四対空無線隊、第二五対空無線隊、
      第二六対空無線隊、第六一対空無線隊
      第二航測聯隊(欠2中隊)
第二航空通信団
大陸命一〇一七号
(昭和十九年五月二十五日)
ニテ編成
   第二航空通信聯隊ノ有無線各1中隊、第五通信聯隊
   第四一対空無線隊、第四二対空無線隊、第四三対空無線隊
   第四航空特種通信隊、第五航空特種通信隊
   第四航空情報聯隊
   第六航測隊
   第一航空路部
   第一二野戦気象隊
   第一四野戦航空修理廠
   第一四野戦航空補給廠
   白城子陸軍飛行学校材料廠第二〇九分廠
   第一三野戦飛行場設定隊
   陸上勤務第八六中隊
   建築勤務第三一中隊、建築勤務第五二中隊
 

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Last Update 2011/01/10