第四飛行師団編合

 比島航空戦が激化するにつれ、第二飛行師団の負担が大きくなっていた。 一方第四飛行師団は飛行場整備も終わり運用を隷下部隊に任せられるようになって きたため司令部の業務に余裕がでてきた。そこで昭和十九年十一月二十三日の 第四航空軍命令で第二飛行師団は従来任務を継承すると共に、第四飛行師団が ルソン島の航空作戦を担任することになった。このために第四飛行師団長指揮下に 飛行部隊が配属されたが、その詳細は不明である。昭和十九年十二月六日に実施された ブラウエン飛行場群空挺作戦では、第四飛行師団長指揮下の飛行第一三・二〇・三一(ともに戦闘)戦隊 が挺進部隊の掩護にあたったと言われている。なお、第四飛行師団を作戦に 専念させるため大陸命第一一四七号(昭和十九年十月六日)により独立第一〇七教育飛行団、 独立第一〇八教育飛行団が第三航空軍に転出した。  この頃の第四飛行師団の編制人員は陸軍省兵務局兵備課の調査で33,408名 (昭和十九年九月十七日調。 内訳は兵科30、695名、各部2,713名。他に軍属210名)であった。 これは独立第一〇七・第一〇八教育飛行団が転出する前の値であるが、飛行師団としては大きな数字 である。

昭和十九年十月三十一日
第四飛行師団司令部(師団長:三上喜三中将27)
   第四飛行師団司令部空地連絡中隊
   独立飛行第四四中隊(対潜)
   独立飛行第四五中隊(対潜)
   独立飛行第五二中隊(軍偵)
   第六航空地区司令部、第一〇航空地区司令部、第一一航空地区司令部、
   第一三航空地区司令部、第三一航空地区司令部、第三三航空地区司令部、
   第三四航空地区司令部、第三五航空地区司令部、第三六航空地区司令部
      第八飛行場大隊、第一二飛行場大隊、第一四飛行場大隊、
      第二六飛行場大隊、第三一飛行場大隊、第三二飛行場大隊、
      第三三飛行場大隊、第三七飛行場大隊、第八六飛行場大隊、
      第九八飛行場大隊、第九九飛行場大隊、第一〇二飛行場大隊、
      第一〇三飛行場大隊、第一一四飛行場大隊、第一二三飛行場大隊、
      第一二四飛行場大隊、第一二五飛行場大隊、第一二六飛行場大隊、
      第一二七飛行場大隊、第一三四飛行場大隊、第一三六飛行場大隊、
      第一三七飛行場大隊、第一四七飛行場大隊、第一四八飛行場大隊、
      第一四九飛行場大隊、第一五〇飛行場大隊、第一五一飛行場大隊、
      第一五二飛行場大隊、第一五三飛行場大隊、第一五四飛行場大隊、
      第一五五飛行場大隊、
      第八飛行場中隊、第一三飛行場中隊、第三二飛行場中隊、
      第四七飛行場中隊、第四八飛行場中隊、第四九飛行場中隊、
      第五〇飛行場中隊、第五一飛行場中隊、第五二飛行場中隊、
      第五三飛行場中隊、第五四飛行場中隊
   第一〇航空情報聯隊、第九航空情報隊
   第七野戦航空修理廠ノ第一独立整備隊、
   第一〇野戦航空修理廠ノ第一・第二独立整備隊、
   第一一野戦航空修理廠ノ第一・第二独立整備隊、
   第一二野戦航空修理廠ノ第一・第二独立整備隊
   第七野戦航空補給廠
   第二気象聯隊ノ1中隊
   第二二野戦気象隊
   第三野戦飛行場設定司令部、第五野戦飛行場設定司令部
      第二二野戦飛行場設定隊、第二四野戦飛行場設定隊、
      第一二五野戦飛行場設定隊、第一二六野戦飛行場設定隊、
      第一二七野戦飛行場設定隊、第一三五野戦飛行場設定隊、
      第一三六野戦飛行場設定隊、第一三七野戦飛行場設定隊、
      第一三八野戦飛行場設定隊、第一三九野戦飛行場設定隊、
      第一四〇野戦飛行場設定隊
   独立自動車第二九七中隊
   陸上勤務第一一一中隊
   建築勤務第五六中隊

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Last Update 2011/05/05