第四飛行師団編合

 第四飛行師団は昭和二十年三月二十日に司令部をエチアゲ西方のサンチャゴに移動した。 独立飛行第四五中隊(対潜)は大部が戦力回復のため二月に比島を離れていたので、第四飛行師団 の有する飛行部隊は独立飛行第五二中隊(軍偵)のみであった。これと指揮下に置いた飛行第三〇戦隊(一部) 、第一司偵隊(下志津教導飛行師団で編成。特攻機の誘導にあたっていた)および地上支援部隊で 臨時集成飛行隊を編成(長;諸角善一中佐34)し作戦を継続していたが、これも困難になってきた。 第一四方面軍司令部の命令により第四飛行師団隷指揮下部隊は例えば以下のように地上部隊に改編された。
   ◆馬尼刺陸軍航空本廠 → 臨時独立第一歩兵団司令部
   ◆第二航空通信司令部 → 臨時独立第二歩兵団司令部
   ◆第三三航空地区部隊 → 臨時歩兵第一六大隊
   ◆第三五航空地区部隊 → 臨時歩兵第二〇大隊
このようにして編成された臨時歩兵大隊は戦闘訓練未了の寄せ集めの観があったが、纏まった戦力としては 高千穂部隊として再編成(本部および8個中隊編制)された第二挺進団(団長:徳永賢治大佐33)があった。 高千穂部隊は津田支隊および松野支隊を吸収して徳永支隊となり要衝バレテ峠(バギオ南東50km)での 戦闘に投入され一時的にではあるが米軍を撃退した。
   【フィリピン周辺図】

昭和二十年五月三十一日
第四飛行師団司令部(師団長:三上喜三中将27)
   独立飛行第四五中隊(対潜)
   独立飛行第五二中隊(軍偵)
   第六航空地区司令部、第一〇航空地区司令部、第一一航空地区司令部、
   第一三航空地区司令部、第三一航空地区司令部、第三三航空地区司令部、
   第三五航空地区司令部、第三六航空地区司令部
      第八飛行場大隊、第一二飛行場大隊、第一四飛行場大隊、
      第二六飛行場大隊、第三一飛行場大隊、第三二飛行場大隊、
      第三三飛行場大隊、第三七飛行場大隊、第八六飛行場大隊、
      第九八飛行場大隊、第九九飛行場大隊、第一〇二飛行場大隊、
      第一〇三飛行場大隊、第一二三飛行場大隊、第一二四飛行場大隊、
      第一二五飛行場大隊、第一二六飛行場大隊、第一二七飛行場大隊、
      第一三六飛行場大隊、第一三七飛行場大隊、第一四七飛行場大隊、
      第一四九飛行場大隊、第一五〇飛行場大隊、第一五一飛行場大隊、
      第一五二飛行場大隊、第一五三飛行場大隊、第一五四飛行場大隊、
      第八飛行場中隊、第一三飛行場中隊、第三二飛行場中隊、
      第四七飛行場中隊、第四八飛行場中隊、第四九飛行場中隊、
      第五〇飛行場中隊、第五一飛行場中隊、第五二飛行場中隊、
      第五三飛行場中隊、第五四飛行場中隊
   第一〇航空情報聯隊、第九航空情報隊
   第七野戦航空補給廠
   第二二野戦気象隊
   第三野戦飛行場設定司令部、第五野戦飛行場設定司令部
      第二二野戦飛行場設定隊、第二四野戦飛行場設定隊、
      第一二五野戦飛行場設定隊、第一二六野戦飛行場設定隊、
      第一二七野戦飛行場設定隊、第一三四野戦飛行場設定隊、
      第一三五野戦飛行場設定隊、第一三七野戦飛行場設定隊、
      第一四〇野戦飛行場設定隊
   独立自動車二九七中隊
   陸上勤務第一一一中隊
   建築勤務第五六中隊

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Last Update 2010/03/14