第五航空軍戦闘序列

 昭和十八年になると米海軍の通商破壊戦(無制限潜水艦作戦)が効果を上げて 南方資源帯からの資源還流に支障が出始めた。また十一月には台湾新竹市が空襲され、 B−29重爆撃機による本土空襲も懸念された。これらに対して大陸の陸上輸送路(京漢鉄道)確保と 華南の米軍根拠飛行場占領を目的として一号作戦(大陸打通作戦)が立案された。特に後者は これまでの航空攻撃では一時的に飛行場機能を喪失させても短時間で復旧されてしまうため、 在支米軍の活動を封ずるためには地上部隊による飛行場占領が必要だとの判断によるもの であった。一号作戦は大陸命第九二一号(昭和十九年一月二十四日)により実施を命ぜられた。 航空部隊も一号作戦支援を主目的として在支那航空戦力を拡充するため、 大陸命第九四五号(昭和十九年二月十五日)により第三飛行師団編合が解かれ、 第五航空軍戦闘序列が発令された。〔昭和十九年軍令陸甲第八号(昭和十九年二月十日)により 第三飛行師団司令部は第五航空軍司令部に改変された〕 第五航空軍は結節単位としての飛行師団を持たず、 航空軍司令部が直接飛行団を統括した。
   【中国要図】

昭和十九年二月二十九日
第五航空軍司令部(司令官:下山琢磨中将25)
   第五航空軍空地連絡中隊
   独立飛行第一八中隊(司偵)
   独立飛行第五四中隊(直協)
   独立飛行第五五中隊(司偵)
   第一飛行団司令部(団長:小林孝知大佐29)
      飛行第二五戦隊(戦闘)
      飛行第八五戦隊(戦闘)
   飛行第一六戦隊(軽爆)
   飛行第四四戦隊(偵察)
   飛行第九〇戦隊(襲撃)
   第一〇五教育飛行団司令部(団長:近藤三郎大佐28)
      第一一四教育飛行聯隊(戦闘)
      第一一五教育飛行聯隊(司偵)
      第一一八教育飛行聯隊(戦闘)
   支那派遣軍第一航空教育隊
   第三航空地区司令部、第五航空地区司令部、第一六航空地区司令部
      第五七飛行場大隊、第九一飛行場大隊、第九六飛行場大隊、
      第一〇四飛行場大隊、第一〇五飛行場大隊、第一〇六飛行場大隊、
      第二〇七飛行場大隊、
      第一飛行場中隊、第二飛行場中隊、第六飛行場中隊、
      第一九飛行場中隊、第二〇飛行場中隊、第二一飛行場中隊、
      第六七飛行場中隊、第六九飛行場中隊
   第一五航空通信聯隊
   第五航空固定通信隊
   第五航測隊
   第六航空情報聯隊
   第五航空軍特種情報部
   第四気象聯隊
   支那派遣軍気象隊
   第一五野戦航空廠
   第二三航空分廠
   兵站自動車第一三中隊、兵站自動車第六四中隊、兵站自動車第九二中隊

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Last Update 2010/01/25