第五航空軍戦闘序列

 一号作戦は前半の京漢作戦と後半の湘桂作戦との二段階に分かれていて いた。第五航空軍は作戦発動前に航空撃滅戦を実施した。既述のように昼間の 戦爆連合による攻撃は危険になっていたので、これらは少数機により夜間に 行われた。京漢作戦は昭和十九年四月一八日の第一二軍(司令官;内山英太郎中21) による鄭州への攻撃で開始された。第一二軍は鄭州会戦で重慶軍を駆逐した後、 重慶軍の激しい抵抗を排除して五月一日に許昌を攻略した。ここで軍を右旋回させて 洛陽を指向した。これは重慶軍最精鋭の第一戦区軍の撃滅と洛陽攻略とを目的とした ものであるが、戦力不足から第一戦区軍を完全に包囲することはできず同軍の退却を許した。 洛陽は五月二十五日に陥落し、漢口までの打通が完成した。京漢作戦において 第五航空軍は京漢作戦にあたって第一二軍を支援したが、航空兵力を強化するために 大陸命第九九四号(昭和十九年四月二十五日)により第二航空軍から第二飛行団 および飛行第四八戦隊(戦闘)が第五航空軍司令官指揮下に配属された。
   【中国要図】

昭和十九年六月三十日
第五航空軍司令部(司令官:下山琢磨中将25)
   第五航空軍空地連絡中隊
   独立飛行第一八中隊(司偵)
   独立飛行第五四中隊(直協)
   独立飛行第五五中隊(司偵)
   第一飛行団司令部(団長:小林孝知大佐29)
      飛行第二五戦隊(戦闘)
      飛行第八五戦隊(戦闘)
   第八飛行団司令部(団長:大西洋大佐34)
      飛行第九〇戦隊(襲撃)
   飛行第一六戦隊(軽爆)
   飛行第四四戦隊(偵察)
   独立第一〇五教育飛行団司令部(団長:土田兵吾大佐28)
      第一四教育飛行隊(戦闘)
      第一八教育飛行隊(戦闘)
      第二八教育飛行隊(戦闘)
      第二九教育飛行隊(戦闘)
      第五錬成飛行隊(戦闘)
   独立第一一〇教育飛行団司令部(団長:甘粕三郎中佐32)
      第一五教育飛行隊(司偵)
      第四一教育飛行隊(挺身)
      第六練成飛行隊(司偵)
   支那派遣軍第一航空教育隊
   第三航空地区司令部、第五航空地区司令部、第一六航空地区司令部、
   第二六航空地区司令部
      第五七飛行場大隊、第五八飛行場大隊、第五九飛行場大隊、
      第六〇飛行場大隊、第九一飛行場大隊、第九六飛行場大隊、
      第一〇四飛行場大隊、第一〇五飛行場大隊、第一〇六飛行場大隊、
      第一二八飛行場大隊、第一二九飛行場大隊、第二〇七飛行場大隊、
      第一飛行場中隊、第二飛行場中隊、第六飛行場中隊、
      第一九飛行場中隊、第二〇飛行場中隊、第二一飛行場中隊、
      第六七飛行場中隊、第六九飛行場中隊
   第一五航空通信聯隊
   第一四航空通信隊
   第五一対空無線隊、第五二対空無線隊、第五三対空無線隊、第五四対空無線隊
   第五航空固定通信隊
   第五航測隊
   第五航空情報聯隊、第六航空情報聯隊
   第五航空軍特種情報部
   第一五野戦航空修理廠、第二三野戦航空修理廠、第二四野戦航空修理廠
   第一五野戦航空補給廠
   第四気象聯隊
   支那派遣軍気象隊
   第六野戦飛行場設定司令部
   兵站自動車第一三中隊、兵站自動車第六四中隊、兵站自動車第九二中隊

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Last Update 2011/01/05