第五飛行師団編合

 インパール攻略作戦は失敗に終わり作戦に加わった3個師団は英印軍の追撃を受けながら 悲惨な撤退を行っていた。一方レド公路上のミイトキーナの守備隊は八月始めに撤退し要衝 ミイトキーナは連合軍の手におちた。レド公路沿いの印度遠征軍(米中連合軍)の侵攻に加え 北東方面でも中国軍(雲南遠征軍)の旧ビルマ公路沿いの侵攻が開始されていた。 印度遠征軍はレド公路を整備しつつ第三三軍守備地帯に迫りつつあった。緬甸方面軍は第三三軍に 増援として第二八軍から抽出した第二師団を与え、ビルマ公路遮断の「断」作戦を発動した。 第五飛行師団では既に第七飛行団は抽出され、雨季明けのこの頃の第五飛行師団の実動機は 65機程度と連合軍の1/10にまで落ち込んでいた。第五飛行師団は十一月には延べ 一万機に及ぶ連合軍の来襲に耐えながら、緬甸〜馬来西部への連合軍上陸にも備えねば ならなかった。
   【ビルマ要図】

昭和十九年十月三十一日
第五飛行師団司令部(師団長:田副登中将26)
   第五飛行師団司令部空地連絡中隊
   第四飛行団司令部(団長:桑塚城大佐33)
      飛行第八戦隊(司偵、軽爆)
      飛行第五〇戦隊(戦闘)
      飛行第六四戦隊(戦闘)
      飛行第八一戦隊(司偵)(欠1中隊)
   飛行第八三戦隊(司偵)
   第一航空地区司令部、第七航空地区司令部、第一五航空地区司令部
      第一五飛行場大隊、第一七飛行場大隊、第一九飛行場大隊、
      第二三飛行場大隊、第二四飛行場大隊、第二七飛行場大隊、
      第三四飛行場大隊、第五二飛行場大隊、第七五飛行場大隊、
      第七八飛行場大隊、第八一飛行場大隊、第八二飛行場大隊、
      第八四飛行場大隊、第八五飛行場大隊、第九〇飛行場大隊、
      第九二飛行場大隊、第九四飛行場大隊、
      第五飛行場中隊、第九飛行場中隊、第一二飛行場中隊、
      第一六飛行場中隊、第一七飛行場中隊、第一八飛行場中隊、
      第三八飛行場中隊、第八五飛行場中隊
   第一航空通信聯隊
   第二航空情報聯隊
   第一七航測隊
   第七野戦飛行場設定隊、第八野戦飛行場設定隊
   高射砲第二〇聯隊
   野戦高射砲第三三大隊(乙)、野戦高射砲第三六大隊(乙)
   独立自動車第三五中隊、独立自動車第二七五中隊、独立自動車第二八〇中隊、
   独立自動車第二八一中隊
   兵站自動車第八六中隊、兵站自動車第一六七中隊、兵站自動車第一八四中隊
   陸上勤務第六七中隊、陸上勤務第六八中隊、陸上勤務第八〇中隊
   築勤務第六二中隊

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Last Update 2010/01/25