第五飛行師団編合

 緬甸方面軍隷下の各軍の状況は次のとおりであった。第三三軍はシッタン河に沿って南下し その河口付近を確保した。その進撃路はシッタン河を挟んで英印軍第四軍団進撃路と並行していた。 第一五軍からは第三一・第三三師団が方面軍直属に抽出され、緬甸方面軍司令部のあるモールメルン 周辺に配置された。残余の部隊は大陸命第一三六四号(昭和二十年七月十五日)により発令された 第一八方面軍戦闘序列に編入された。第一八方面軍は泰国駐屯軍を改組したもので、その任務は泰国方面防衛である。 ラングーン陥落により孤立した第二八軍は多大の犠牲を払いながら敵中を突破してシッタン河東岸に至り第三三軍に 収容された。また、第五飛行師団は司令部をプノンペンに置いたまま終戦を迎えた。第五飛行師団の終戦時編制人員は 兵科・各部合計14、209名、軍属135名であった。
   【ビルマ要図】

昭和二十年八月十五日
第五飛行師団司令部(師団長:服部武士中将27)
   第四飛行団司令部(団長:辻本隼三中佐39)
      飛行第六四戦隊(戦闘)
      飛行第八一戦隊(司偵)(欠1中隊)
   第一航空地区司令部、第七航空地区司令部、第一五航空地区司令部
      第一五飛行場大隊、第一七飛行場大隊、第一九飛行場大隊、
      第二三飛行場大隊、第二四飛行場大隊、第二七飛行場大隊、
      第三四飛行場大隊、第五二飛行場大隊、第七五飛行場大隊、
      第七八飛行場大隊、第八一飛行場大隊、第八二飛行場大隊、
      第八四飛行場大隊、第八五飛行場大隊、第九〇飛行場大隊、
      第九二飛行場大隊、第九四飛行場大隊、
      第五飛行場中隊、第九飛行場中隊、第一二飛行場中隊、
      第一六飛行場中隊、第一七飛行場中隊、第一八飛行場中隊、
      第三八飛行場中隊、第八五飛行場中隊
   第二航空情報聯隊
   第七野戦飛行場設定隊、第八野戦飛行場設定隊
   高射砲第二〇聯隊
   野戦高射砲第三三大隊(乙)、野戦高射砲第三六大隊(乙)
   独立自動車第三五中隊、独立自動車第二七五中隊、独立自動車第二八〇中隊、
   独立自動車第二八一中隊
   兵站自動車第八六中隊、兵站自動車第一六七中隊、兵站自動車第一八四中隊
   陸上勤務第六七中隊、陸上勤務第六八中隊、陸上勤務第八〇中隊
   築勤務第六二中隊

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Last Update 2010/06/05