第六飛行師団編合

 昭和十七年八月のガダルカナル島上陸を皮切りに米軍の反攻が本格化した。 海軍航空隊ではニューブリテン島ラバウルを根拠地とする第一一航空艦隊〔司令長官;草鹿任一中将(海兵)37〕 がこれに反撃したが、消耗戦に引き込まれて弱体化していた。ここに至って海軍から陸軍に 航空部隊派遣の要請があった。当初は消極的だった陸軍も豪州→ニューギニア島→豪北→比島の 連合軍反攻軸に備えることを念頭に航空戦力の派遣に踏み切った。南東方面は第一七軍が担任していたが、 それを強化するため大陸命第七一四号(昭和十七年十一月十六日)により第八方面軍戦闘序列が令された。 第八方面軍は隷下に第一七軍(ソロモン方面担任)と第一八軍(ニューギニア方面担任)とを擁していた。 米豪軍の反攻は迅速で昭和十七年十二月にはブナ・ギルワ地区を確保し、ブナ守備隊は玉砕した。 ブナ・ギルワ地区は五月に開始され失敗に終わった南海支隊のポートモレスビー攻略作戦の発起点で東部 ニューギニアに日本が確保していた要衝であった。
 ニューギニアに派遣される航空戦力は大陸命第七一四号(昭和十七年十一月十六日)で 第八方面軍直属航空部隊として第八方面軍戦闘序列に編入された。これを基幹として第六飛行師団が 大陸命第七二一号(昭和十七年十一月二十七日)により編合を令され、第八方面軍戦闘序列に編入された。 。第六飛行師団では第一二飛行団(戦闘)が昭和十八年初頭にはラバウルに進出し、ガダルカナル撤退作戦の 援護等を行った。【第四航空軍−昭和十八年八月に続く】
   【ニューギニア要図】

昭和十八年二月二十八日
第六飛行師団司令部(師団長:板花義一中将23)
   独立飛行第七六中隊(司偵)
   第一二飛行団司令部(団長:岡本修一中佐33)
      飛行第一戦隊(戦闘)
      飛行第一一戦隊(戦闘)
   白城子陸軍飛行学校教導飛行団司令部(団長:白銀重二少将28)
      飛行第四五戦隊(軽爆)
      飛行第二〇八戦隊(軽爆)
   飛行第一四戦隊(重爆)
   関東軍第一航空写真隊
   第一二航空地区司令部、
   白城子陸軍飛行学校教導航空地区司令部
      第二一飛行場大隊(戦闘)、第二二飛行場大隊(戦闘)、
      第二五飛行場大隊(重爆)、第四七飛行場大隊(軽爆)、
      第四八飛行場大隊(司偵)ノ一部、第二〇九飛行場大隊(軽爆)、
      第三三飛行場中隊(戦闘)
   第五航空通信聯隊(有無線各1中隊欠)
   第一航空情報隊ノ航測中隊
   第四航空情報隊
   第二気象聯隊ノ一中隊
   第一四野戦航空修理廠
   第一七船舶航空廠
   第二航空移動修理班、第三航空移動修理班、第四航空移動修理班、
   第五航空移動修理班、第六航空移動修理班、1個移動修理班(重爆)
   第一四野戦航空補給廠
   第五野戦飛行場設定隊、第六野戦飛行場設定隊、
   第一〇野戦飛行場設定隊、第一一野戦飛行場設定隊
   陸上勤務第七三中隊、陸上勤務第八一中隊

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Last Update 2010/01/24