第六飛行師団編合

 第六飛行師団は昭和十八年七月に司令部をラバウルからニューギニアのウェアクに前進させ、ラエ・サラモア 地区地上部隊の支援および米軍飛行場群攻撃を継続した。米軍は機械化設営能力に物を言わせて以前のワウ・ブナ・ラビ等の 他にもマダン南方約100km付近のベナベナ・ハーゲン方面に飛行場群を建設しつつあった。ベナベナに対しては第一挺進団の 投入も考慮され、第一挺進団はパラオへの前進を命ぜられていた。七月末になると第六飛行師団の実動機105機に対して 連合軍空軍戦力は600機と判断された。第八方面軍は既に戦闘・重爆・襲撃各1個戦隊程度の増援を希望していたが、 大本営は第七飛行師団の投入(一部はジャワ島に残置)でそれに応えた。すなわち第四航空軍の編成である。 第六飛行師団は大陸命第八一八号(昭和十八年七月二十八日)により第四航空軍戦闘序列に編入され、その間消耗した 第一二飛行団(戦闘:一式戦)は大陸命第七六二号(昭和十八年三月十二日)により第一四飛行団(戦闘:三式戦)と交代した。 第一四飛行団は第四航空軍編成と共に航空軍司令官直属となり(軍隊区分で第七飛行師団長指揮下)、新たに飛行第一三・ 第二四の2個飛行戦隊(戦闘)が第六飛行師団 直属として編合された。
   【ニューギニア要図】

昭和十八年八月三十一日
第六飛行師団司令部(師団長:板花義一中将23)
   独立飛行第八三中隊(軍偵)
   白城子陸軍飛行学校教導飛行団司令部(団長:森玉徳光大佐27)
      飛行第四五戦隊(軽爆)
      飛行第二〇八戦隊(軽爆)
   飛行第一〇戦隊(司偵)
   飛行第一三戦隊(戦闘)
   飛行第一四戦隊(重爆)
   飛行第二四戦隊(戦闘)
   白城子陸軍飛行学校教導航空地区司令部
      第二五飛行場大隊(重爆)、第四七飛行場大隊(軽爆)、第四八飛行場大隊(司偵)、
      第五一飛行場大隊(戦闘)、第二〇九飛行場大隊(軽爆)、
      第二二飛行場中隊(戦闘)、第二三飛行場中隊(戦闘)、第二四飛行場中隊(戦闘)、
      第二五飛行場中隊(戦闘)、第二六飛行場中隊(戦闘)、第八六飛行場中隊(軍偵)
   第一航空移動修理班、第二航空移動修理班、第三航空移動修理班、
   第四航空移動修理班、第五航空移動修理班、第六航空移動修理班、
   第七航空移動修理班、第八航空移動修理班、第九航空移動修理班
   第五野戦飛行場設定隊、第六野戦飛行場設定隊、第一〇野戦飛行場設定隊、
   第一一野戦飛行場設定隊
   陸上勤務第七三中隊、陸上勤務第八一中隊
   第八師団第九陸上輸卒隊

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Last Update 2012/05/15