第七飛行師団編合

 ダンピール海峡の制空海権を連合軍に握られたため、東部ニューギニア全部隊への大規模補給は ウェアクを経由するしかなかった。第七飛行師団にはウェアク向け輸送船援護の任務が与えられた。 これはアント岬に上陸した豪第九歩兵師団への攻撃任務と競合したが輸送船護衛任務が優先された。敵上陸部隊 に対する大規模攻撃も企図されたが、現地天候の不順に祟られて実施できず、第七飛行師団の地上部隊への支援は 小規模なものに留まった。東部ニューギニアの持久方針転換により大陸命第八八二号(昭和十八年十月三十日) により第二方面軍の戦闘序列が令された。第二方面軍は第二軍と第一九軍とを隷下に置き、東経一四七度を 第八方面軍との作戦地境とした。(アドミラルティ諸島は第八方面軍担任)第二軍は西部ニューギニアを、 第一九軍はバンダ海以西を担任した。第七飛行師団は大陸命第八八二号(昭和十八年十月三十日)により 第二方面軍の指揮下への配属が令され、司令部は昭和十八年十一月二十一日にアンボン島のリアンに後退した。 ただし残置された独立飛行第七三中隊(軍偵)・第九飛行団と関連地上支援部隊は第六飛行師団長の指揮下に置かれた。 また南方軍総司令官の区処下にあった部隊は第七飛行師団長指揮下に復帰した。 この頃の第七飛行師団の編制人員は 陸軍省兵務局兵備課の調査で24,072名(昭和十九年二月十日調。 内訳は兵科21、551名、各部2、521名。 他に軍属2、131名)であった。
   【ニューギニア要図】
   【フィリピン周辺図】

 
昭和十九年二月二十九日
第七飛行師団司令部(師団長:須藤栄之助中将25)
   独立飛行第七三中隊(軍偵) 第六飛行師団長指揮下
   第三飛行団司令部(団長:長浜秀明大佐37)
      独立飛行第七〇中隊(司偵)
      飛行第七五戦隊(軽爆)
第七飛行師団長指揮下ニ復帰
   第九飛行団司令部(団長;坪内剛直大佐33)
      飛行第六一戦隊(重爆)
第六飛行師団長指揮下
   飛行第五戦隊(戦闘)
   飛行第一三戦隊(戦闘)
   飛行第一四戦隊(重爆) 第六飛行師団長指揮下
   第四航空地区司令部、第九航空地区司令部
      第五飛行場大隊、第二〇飛行場大隊、
      第二八飛行場大隊、第三五飛行場大隊、
      第三八飛行場大隊、第四一飛行場大隊、
      第七二飛行場大隊、第一〇七飛行場大隊、
      第一〇八飛行場大隊、第一〇九飛行場大隊、
      第一一三飛行場大隊、
      第七飛行場中隊、第一五飛行場中隊、第二七飛行場中隊、
      第二九飛行場中隊、第三一飛行場中隊、第三四飛行場中隊、
      第三六飛行場中隊、第三九飛行場中隊、第四〇飛行場中隊、
      第四一飛行場中隊、第四二飛行場中隊、第四三飛行場中隊、
      第四四飛行場中隊、第四五飛行場中隊、第四六飛行場中隊
第二〇飛行場大隊、
第三八飛行場大隊、
第四一飛行場大隊、
ハ第六飛行師団長指揮下
   第四航空通信聯隊ノ有無線各1中隊、第九航空通信聯隊
   第四航空固定通信隊
   第二航測聯隊ノ1中隊
   第八航空情報隊
   第二一野戦航空修理廠
   第九航空移動修理班、第一〇航空移動修理班、第一一航空移動修理班、
   第一二航空移動修理班
2個移動修理班
ハ第六飛行師団長指揮下
   第二一野戦航空補給廠
   第一三野戦気象隊
   第四野戦飛行場設定隊、第九野戦飛行場設定隊 第四野戦飛行場設定隊
ハ第六飛行師団長指揮下
   独立自動車第二九八中隊
   陸上勤務第六九中隊、陸上勤務第一二三中隊
   建築勤務第四三中隊

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Last Update 2011/01/10