第七飛行師団編合

 第七飛行師団司令部は昭和十九年八月にスラウェシ島マッカサルまで後退していた。一方ニューギニア を制した米軍は九月十五日ニューギニア西端とミンダナオ島との中間にあるモロタイ島に上陸を開始し、短期間で 同島をを制圧した。米軍はここを足場にして早くも十月二十六日から比島への空襲を開始した。第七飛行師団はこれに対して 第二飛行師団長指揮下の第七飛行団と共に攻撃を行った。十月十九日前後第四航空軍司令官命令により第七飛行師団は 全飛行部隊を第二飛行師団長指揮下に差し出した。比島に不慣れな第七飛行師団飛行部隊を転用することによる損失の 増加は明らかで、須藤第七飛行師団長以下幹部の心中は穏やかでなかった。これは飛行部隊の集中が思うようにまかせない 富永恭次第四航空軍司令官の焦りによったものだった。レイテ第二次航空総攻撃に際しては指揮下に配属された 飛行第十二戦隊(重爆)・第一四戦隊(重爆)等によりモロタイ島を攻撃して相当数の戦果を挙げた。 十二月に入って根拠飛行場を米軍に攻撃されるに及び第七飛行師団はジャワ島マランに後退 して戦力回復に努めた。
   【フィリピン周辺図】

 
昭和十九年十月三十一日末
第七飛行師団司令部(師団長:須藤栄之助中将25)
   独立飛行第七三中隊(軍偵)
   第三飛行団司令部(団長:長浜秀明大佐37)
      独立飛行第七〇中隊(司偵)
      飛行第七五戦隊(軽爆)
   第九飛行団司令部(団長;坪内剛直大佐33)
      飛行第二四戦隊(戦闘)
      飛行第六一戦隊(重爆)
   飛行第一三戦隊(戦闘)
   飛行第二〇八戦隊(軽爆)
   第四航空地区司令部、第九航空地区司令部、
   第三二航空地区司令部
      第五飛行場大隊、第二〇飛行場大隊、第二八飛行場大隊、
      第三五飛行場大隊、第三八飛行場大隊、第四一飛行場大隊、
      第六八飛行場大隊、第七〇飛行場大隊、第七二飛行場大隊、
      第一〇八飛行場大隊、第一〇九飛行場大隊、第一一三飛行場大隊、
      第一〇七飛行場大隊、
      第七飛行場中隊、第一五飛行場中隊、第二七飛行場中隊、
      第二九飛行場中隊、第三一飛行場中隊、第三四飛行場中隊、
      第三六飛行場中隊、第三九飛行場中隊、第四〇飛行場中隊、
      第四一飛行場中隊、第四二飛行場中隊、第四三飛行場中隊、
      第四四飛行場中隊、第四五飛行場中隊、第四六飛行場中隊
   第四航空通信聯隊ノ有無線各1中隊、第九航空通信聯隊
   第四五対空無線隊、第四六対空無線隊
   第二航測聯隊ノ1中隊
   第八航空情報隊
   第二一野戦航空修理廠
   第一〇航空移動修理班、第一一航空移動修理班、第一二航空移動修理班
   第二一野戦航空補給廠
   第一三野戦気象隊
   第四野戦飛行場設定隊、第九野戦飛行場設定隊
   独立自動車第二九八中隊
   陸上勤務第六九中隊、陸上勤務第一二三中隊
   建築勤務第四三中隊

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Last Update 2012/05/15