航空関係学校

 陸軍航空関係の学校は、「飛行実施教育および航空全般の調査・研究」を目的として大正八年所沢に開設された陸軍航空学校に 端を発する。その後陸軍航空士官学校・各種飛行学校が開設され、空中・地上勤務者向けの教育を行った。これらの学校は 陸軍航空本部長隷下にあったが、陸軍航空総監部が編成された後は、陸軍航空教育を統括する陸軍航空総監隷下に置かれた。  太平洋戦争の開戦時には陸軍航空総監隷下に以下の学校があった。


学  校教 育 内 容
下志津陸軍飛行学校偵察に関する教育・研究
明野陸軍飛行学校戦闘に関する教育・研究
浜松陸軍飛行学校重爆・化学戦に関する調査・研究
鉾田陸軍飛行学校軽爆に関する調査・研究
白城子陸軍飛行学校航法に関する調査・研究
熊谷陸軍飛行学校操縦に関する基本教育
岐阜陸軍飛行学校操縦候補生・下士官候補者操縦教育
水戸陸軍飛行学校地上勤務教育
陸軍航空士官学校将校教育
陸軍航空技術学校技術関係将校教育
陸軍航空整備学校航空整備教育
陸軍航空通信学校航空通信教育
宇都宮陸軍飛行学校少年飛行兵教育(偵察)
太刀洗陸軍飛行学校少年飛行兵教育(戦闘)
東京陸軍航空学校少年飛行兵基礎教育


 戦局の悪化と共に学校も戦力化され、教育・作戦の両面を担った。


部 隊編 成隷 属
下志津教導飛行師団(偵察)昭和十九年軍令陸乙第二九号
(昭和十九年六月十三日)
ニテ編成
   ↓
昭和二十年軍令陸甲第一〇三号
(昭和二十年七月十日)
ニテ復帰
作戦部隊・教導部隊ニ再編
陸軍航空総監隷下
   ↓
大陸命第一二九八号
ニテ
航空総軍司令官隷下
   ↓
航空総軍司令官・陸軍航空本部長隷下
(詳細ハ下表ニヨル)
明野教導飛行師団(戦闘)
常陸教導飛行師団(戦闘)
浜松教導飛行師団(重爆)
鉾田教導飛行師団(軽爆)
宇都宮教導飛行師団(航法)
三方原導飛行団(化学戦)昭和十九年軍令陸乙第二九号
(昭和十九年六月十三日)
ニテ編成
陸軍航空総監隷下
   ↓
大陸命第一二九八号
ニテ
航空総軍司令官隷下
立川教導航空整備師団 昭和十九年軍令陸乙第二九号
(昭和十九年六月十三日)
ニテ編成
陸軍航空本部長隷下
水戸教導航空通信師団昭和二十年軍令陸乙第一五号
(昭和二十年四月二十八日)
ニテ編成
陸軍航空本部長隷下
加古川教導航空通信団


昭和二十年も半ば過ぎになって本土決戦が強く意識されるようになると、航空戦力増強のため 各教導飛行師団について作戦部隊と教導部隊との分離が行なわれた。すわわち昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日) により、各教導飛行師団は下表のように作戦部隊に再編され、残余は教導飛行師団司令部・第一〜第六教導飛行隊として教導飛行師団に編合された。

作戦部隊
航空総軍戦闘序列ニ編入
(航空総軍司令官隷下)
教導部隊
教導飛行師団
(陸軍航空本部長隷下)
宇都宮教導飛行師団教導飛行師団司令部
第六教導飛行隊
明野教導飛行師団第二〇戦闘飛行集団司令部
飛行第一一一戦隊(戦闘)
第一教導飛行隊
常陸教導飛行師団飛行第一一二戦隊(戦闘)第二教導飛行隊
下志津教導飛行師団第一独立飛行隊(司偵)
第二独立飛行隊(司偵)
第五教導飛行隊
鉾田教導飛行師団第二六飛行団司令部第三教導飛行隊
浜松教導飛行師団第二七飛行団司令部第四教導飛行隊




 陸軍航空関係学校の変遷を以下に示す。年月日は原則として開設日(編成完結日)で、それが不詳の場合は発令日である。

Page Top

Home

© 2009-2016 MJQ
Last Update 2011/08/01