独立飛行隊

独立飛行隊は機動的に運運用するため、特定の飛行団に属さず航空軍司令官、飛行師団長(飛行集団長)の直属とされた。 昭和十六年軍令陸甲第三八号(昭和十六年七月十二日)により偵察分科の飛行戦隊を独立飛行隊に改編した。 飛行第二九戦隊(偵察)を改編した第二九独立飛行隊の編成(ここでいう「編成」とは、「部隊構成」の意味である)は以下のとおりだった。

第二九独立飛行隊
本部
   独立飛行第六六中隊(軍偵)
   独立飛行第八七中隊(軍偵)

太平洋戦争初期には第八三独立飛行隊(第三航空軍戦闘序列内)のように編成内に飛行場大隊を有する大規模なものもあった。

第八三独立飛行隊
本部
   独立飛行第七一中隊(軍偵)
   独立飛行第七三中隊(軍偵)
   独立飛行第九一中隊(直協)
   第八四飛行場大隊(偵察)

太平洋戦争中に編成された独立飛行隊はかなり編制が小さくなった。浜松・鉾田・下志津教導飛行師団を母体に、 マリアナ諸島のB−29重爆撃機基地攻撃のため編成された第二・第三・第四独立飛行隊の編制表を以下に示す。 装備定数は第二独立飛行隊が重爆9機、第三・第四独立飛行隊が一〇〇式司偵9機である)  編制の上では地上勤務員が少なくて機体整備に支障を生ずるので、母体となった教導飛行師団の師団長指揮下に配属された。 本件については編制表の次に詳述する。

第三独立飛行隊は昭和十九年十一月に浜松にて九七式重爆に機種改変し、昭和二十年五月二十四日に 義烈空挺隊(挺進第一聯隊第四中隊を基幹として編成されたコマンド部隊。指揮官は奥山道郎大尉53)を空輸して6機が沖縄読谷飛行場に、 2機が嘉手納飛行場に突入したとされる。(米軍の記録では読谷飛行場に1機のみ突入) 機種改変後の編制は不詳。

これらの独立飛行隊は以下の軍令によって復帰した。
  第二独立飛行隊; 昭和二十年軍令陸甲第二四号(昭和二十年二月八日)
  第三独立飛行隊; 昭和二十年軍令陸甲第九四号(昭和二十年六月十二日)
  第四独立飛行隊; 昭和二十年軍令陸甲第七七号(昭和二十年五月二日)

第二独立飛行隊(重爆)編制表
少佐(大尉)隊長
尉官11
准尉17
曹長31
軍曹(伍長)41
30
131
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計135
昭和十九年軍令陸甲第一三六号附表第八


第三・第四独立飛行隊(司偵)編制表
少佐(大尉)隊長
尉官15
准尉
曹長12
軍曹(伍長)16
30
80
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計84
昭和十九年軍令陸甲第一三六号附表第九


第二〜第四独立飛行隊(2Fs〜4Fs)は編制上整備員の数が少ない。昭和十九年軍令陸甲第一三六号に対応する昭和十九年陸亜機密五九四号(昭和十九年十月十一日) の「兵定員区分表」から特業別の人員を抜き出して昭和十八年軍令陸甲第一二〇号(昭和十八年十二月二七日)により臨時編成された独立飛行第二四中隊(戦闘) (24Fcs)と比較すると、整備要員が少ないことが分かる。

兵特業区分
24Fcs2Fs3Fs・4Fs
兵編制定員513030
機関工手272020
計器工手
電機工手
金属工手
武装工手
無線通信手
其他


昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により第一・第二・第一二・第一六・第一七・第二八・第三八独立飛行隊 (司偵)が臨時編成あるいは編成改正された。これらは編制内に94名あるいは88名の整備兵を擁しており、整備体制は 独立飛行中隊と同等であった。
使用機は以下のとおりである。
  第一・第二独立飛行隊; 一〇〇式司偵6機および四式重3機
  その他; 一〇〇式司偵9機

第一・第二独立飛行隊(司偵)編制表
中佐隊長
少佐
大尉61
中(少)尉16
准尉
曹長19
軍曹(伍長)27
94
172
主計尉官
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計178
昭和二十年陸亜機密第二九三号附表第一属表其四


第一二・第一六・第一七・第二八・第三八独立飛行隊(司偵)編制表
中佐隊長
少佐
大尉
中(少)尉13
准尉
曹長11
軍曹(伍長)13
88
138
主計尉官
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計144
昭和二十年陸亜機密第二九三号附表第一属表其五

 独立飛行隊一覧


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Last Update 2010/08/20