独立飛行中隊

独立飛行隊と同様航空軍司令官、飛行師団長(飛行集団長)の直属とされた。分科は偵察分科が多かった。偵察分科は以下のように3種類あった。このうち、 「司偵」と「軍偵」が戦略的、「直協」が戦術的任務である。
      司偵; 航空軍司令官が航空戦を作戦指導するために必要な情報の収集を行う
      軍偵; (地上軍)軍司令官が作戦指導を行うために必要な情報の収集を行う
      直協; 前線で偵察・弾着観測等の地上軍支援を行う

昭和十八年軍令陸甲第一二〇号(昭和十八年十二月二十七日)による独立飛行中隊の編制定員を以下に示す。 独立的に運用されるため、経理・衛生機能を有する。

独立飛行第五五中隊(司偵)編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官15
准尉
曹長13
軍曹(伍長)16
62
114
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計119
昭和十八年軍令陸甲第一二〇号附表第八


独立飛行第六六中隊(軍偵・直協)
編制表
少佐(大尉) 中隊長
尉官16
准尉
曹長16
軍曹(伍長)20
55
117
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計122
昭和十八年軍令陸甲第一二〇号附表第九


独立飛行第二四中隊(戦闘)編制表
少佐(大尉) 中隊長
尉官
准尉
曹長11
軍曹(伍長)15
51
91
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計96
昭和十八年軍令陸甲第一二〇号附表第十


昭和十九年軍令陸甲第二四号(昭和十九年二月二十二日)により編成を令された独立飛行第二〇中隊の分科は輸送であった。
編制表を以下に示す。

独立飛行第二〇中隊(輸送)編制表
少佐(大尉) 中隊長
尉官
准尉12
曹長22
軍曹(伍長)28
68
139
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計144
昭和十九年軍令陸甲第二四号附表第七


昭和十九年軍令陸甲第九三号(昭和十九年七月二十五日)により独立飛行第一中隊、昭和十九年軍令陸甲第一三六号 (昭和十九年十月十一日)により独立飛行第四二〜四九中隊も編制改正され、分科に「対潜」も加わった。使用機は前者が三式連絡機(装備定数8)、 後者が九九式軍偵(装備定数9)である。独立飛行第一中隊は陸軍特殊船(今日の強襲揚陸艦の原型とも言える)である「あきつ丸」(9、433総トン) に搭載する飛行部隊として編成されたため、装備定数は通常の9機ではなく、「あきつ丸」搭載可能の8機である。

独立飛行第一中隊(対潜)編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官12
准尉
曹長
軍曹(伍長)
28
53
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計57
昭和十九年軍令陸甲第九三号(昭和十九年七月二十五日)附表第一〇


「あきつ丸」は三式連絡機の運用を行うため昭和十九年四月から七月にかけて飛行甲板の拡張・着船関係装備の増設等の改装を行い、八月には着船試験にも成功した。 独立飛行第一中隊を搭載した「あきつ丸」は朝鮮海峡で対潜哨戒勤務に就いた。その間の行動は以下のとおりである。
   八月六日宇品発 − 八月八日釜山着
   八月九日釜山発 − 八月十一日門司着
   九月三十日門司発 − 十一月六日釜山着
しかし米潜水艦による輸送船の不足は深刻を極め、「あきつ丸」も対潜哨戒任務を解かれて輸送船に用途変更され、十一月九日に門司に戻った。 ヒ81船団中の一隻として第二三師団歩兵第六四聯隊・海上挺進第二〇戦隊等を輸送するために、十一月十四日には伊万里を出帆するという慌しさだった。 ヒ81船団は出帆直後から米潜水艦の追尾を受け、「あきつ丸」は十一月十五日に五島列島沖で雷撃により沈没し、総員2、576名中2、046名が海没した。



第四二〜第四九独立飛行中隊
(対潜)編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官10
准尉
曹長12
軍曹(伍長)17
66
113
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計122
昭和十九年軍令陸甲第一三六号附表第七


比較的高々度性能が良好な一〇〇式司令部偵察機は二十粍機関砲二門を装備した三型乙、さらに三十七粍上向砲を 装備した三型乙+丙に改造されてB−29迎撃に使用された。昭和二十年軍令陸甲第二四号(昭和二十年二月八日) により編成を令された独立飛行第八二〜八四中隊の編制は、軍令ではなく同軍令に対応する昭和二十年陸亜機密第八二号(昭和二十年二月八日) により規定された。

独立飛行第八一中隊(高戦)編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官
准尉
曹長16
軍曹(伍長)21
63
119
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計123
昭和十九年軍令陸甲第一三六号附表第六


独立飛行第八二〜八四中隊
〔戦闘(双)〕編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官10
准尉12
曹長22
軍曹(伍長)30
85
160
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計164
昭和二十年陸亜機密第八二号附表第一属表其六


独立飛行中隊の中には特殊な任務に就くものもあった。独立飛行第三一中隊は飛行第五八戦隊の1中隊を改編し、海面捜索レーダである 「タキ」一号を搭載可能なように改造した九七式重爆を使用した索敵部隊であった。装備定数は9機である。「タキ」一号は20隻以上の船団なら、飛行高度1,500mで50kmの探知範囲を有していた。比島航空戦に投入されたが、 錬度不足のため所期の成果は挙げられず、最終的には輸送任務に従事した。独立飛行第三一中隊の編制表を以下に示す。

独立飛行第三一中隊編制表
少佐(大尉)中隊長
尉官19
准尉19
曹長36
軍曹(伍長)48
96
219
主計下士官
衛生下士官
衛生兵
合計224
昭和十九年軍令陸甲第六一号附表第六

また、昭和二十年軍令陸甲第二七号(昭和二十年二月十三日)にて第五一・第五二・第五三航空師団長を動員管理官として 独立飛行第五〇一・第五〇二・第五〇六・第五一〇〜第五一二・第五二三〜第五二五・第五五一・第五五四・第五五五中隊 の臨時動員(充当部隊は教育飛行隊、錬成飛行隊)計画準備が指示されたが、動員が行われる前に終戦を迎えた。

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Last Update 2010/10/10