航空総軍、航空軍、飛行師団略歴


航空総軍、航空軍、飛行師団の略歴をそれらの戦闘序列(編組)・編合と共に以下に示す。


【航空総軍】
陸上兵力の「総軍」に相当する。複数の航空軍を隷下に置く。 一時は航空軍の上位部隊として「航空方面軍」の創設が構想されたこともあったが、結局航空総軍が航空軍を 直接統括することになった。

略 歴
航空総軍 ・昭和二十年軍令陸甲第五四号(昭和二十年三十一日)により司令部を臨時編成
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月七日)により戦闘序列発令を行った。
 隷下航空軍は第一航空軍および第六航空軍。
 ただし第一〇・第一一・第一二飛行師団の防空部隊は、依然として防空に関して
 各軍管区司令官の指揮下にあった。
・大陸命第一三二五号(昭和二十年五月八日)により戦闘序列更改を行った。
 第二航空軍・第五航空軍、第一飛行師団が隷下に編入された。
 ただしこれらは依然として関東軍総司令官・支那派遣軍総司令官および第五方面軍
 司令官の指揮下にあった。
・大陸命第一三五九号(昭和二十年六月二十八日)により第一〇・第一一・第一二飛行
 師団の防空部隊は航空総軍司令官指揮下に置かれることになった。

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【航空軍】
陸上兵力の「軍」に相当する。原則として1個またはそれ以上の飛行師団を隷下に置く。(第五航空軍は創設当時中間結節単位としての飛行師団を有さず、 航空軍司令官が飛行団を統率していた) 航空軍司令官には中将が親補された。航空軍編成前の「航空兵団」は航空軍相当である。 戦局の悪化により下志津陸軍飛行学校以下が教導飛行師団に改変された際は昭和十九年軍令陸甲第一〇八号(昭和十九年八月九日)により教導航空軍司令部が 臨時動員された。教導航空軍司令官は陸軍航空総監との兼職、司令部要員は陸軍航空総監部職員との兼職であった。


航空軍略 歴
第一航空軍 ・昭和十七年軍令陸甲第三一号(昭和十七年四月十三日)による司令部臨時編成
 と共に編組
 隷下実戦部隊は防衛総司令官指揮下
・大陸命第六七〇号(昭和十七年八月十日)により防空部隊を除く防衛総司令官
 指揮下の航空部隊を第一航空軍司令官指揮下に復帰
・大陸命第九七六号(昭和十九年三月十六日)により編組更改
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により編組を解除して戦闘序列発令
 航空総軍戦闘序列に編入     
航空兵団
→第二航空軍
・昭和十一年軍令陸乙第一九号(昭和十一年五月三十日)により航空兵団
 司令部編成
・昭和十一年軍令陸甲第一二号(昭和十一年七月二十四日)により内地航空部隊
 を航空兵団長指揮下に配属
・臨参命第五八号(昭和十二年七月十五日)により臨時航空兵団の編成下令
・臨参命第八二号(昭和十二年八月三十一日)により臨時航空兵団の編成更改
 北支那方面軍戦闘序列に編入
・大陸命第一六九号(昭和十三年八月二日)により航空兵団の編成更改
 中支那派遣軍戦闘序列に編入
・昭和十四年軍令陸甲第一九号(昭和十四年六月七日)により航空兵団の編合更改
・大陸命第三四四号(昭和十四年九月一日)により航空兵団司令部を満州に移駐
・昭和一五年軍令陸甲第二五号(昭和十五年七月十七日)により航空兵団の編合更改
・昭和十七年軍令陸第八号「航空軍司令部令」(昭和十七年五月十九日)により
 航空兵団司令部の第二航空軍司令部への改称と共に編組
・大陸命第一〇一〇号(昭和十九年五月十二日)により編組更改
・大陸命第一三二五号(昭和二十年五月八日)により編組を解除して戦闘序列発令
 航空総軍戦闘序列に編入
第三航空軍 ・昭和十七年軍令陸甲第四六号(昭和十七年六月二十七日)により司令部
 臨時編成
・大陸命第六五三号(昭和十七年七月十日)により戦闘序列発令
 南方軍戦闘序列に編入
・大陸命第九一二号(昭和十八年十二月二十八日)により戦闘序列更改
第四航空軍 ・昭和十八年軍令陸甲第六七号(昭和十八年七月十四日)により司令部臨時編成
・大陸命第八一八号(昭和十八年七月二十八日)により戦闘序列発令
 第八方面軍戦闘序列に編入
・大陸命第九六三号(昭和十九年三月十四日)により第二方面軍戦闘序列に編入
・大陸命第九七七号(昭和十九年三月二十七日)により南方軍戦闘序列に編入
・大陸命第一〇一〇号(昭和十九年五月十二日)により戦闘序列更改
・昭和十九年軍令陸甲第三〇号(昭和二十年二月十七日)により司令部復帰
・大陸命第一二五八号(昭和二十年二月十七日)により解隊
 隷下部隊は第三航空軍・第一四方面軍戦闘序列に編入
第五航空軍 ・昭和十九年軍令陸甲第八号(昭和十九年二月十日)により
 司令部臨時編成
・大陸命第九四五号(昭和十九年二月十五日)により戦闘序列発令
 (旧第三飛行師団)
 支那派遣軍戦闘序列に編入
・大陸命第一三二五号(昭和二十年五月八日)により航空総軍戦闘序列に編入
教導航空軍
→第六航空軍
・昭和十九年軍令陸甲第一〇八号(昭和十九年八月七日)により教導航空軍司令部
 臨時動員
・昭和十九年軍令陸甲第一六五号(昭和十九年十二月二十一日)により
 教導航空軍司令部復帰、第六航空軍司令部臨時編成
・大陸命第一二一二号(昭和十九年十二月二十六日)により編組発令
 防衛総司令官隷下に編入
・大陸命第一二四四号(昭和二十年二月六日)により戦闘序列発令
・大陸命第一二七八号(昭和二十年三月十九日)により南西諸島方面作戦に関し
 連合艦隊司令長官指揮下に配属
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により戦闘序列更改
 航空総軍戦闘序列に編入(連合艦隊司令長官指揮下のまま)
・大陸命第一三三六号(昭和二十年五月二十六日)により連合艦隊司令長官
 指揮下を離脱

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【飛行師団】
陸上兵力の「師団」に相当する。第一〜第一三飛行師団があった。当初は第二・第三・第四・第五飛行集団と呼称されていたが、昭和十七年軍令陸第五号「飛行師団司令部令」(昭和十七年四月十四日)により 第二・第三.第四・第五飛行師団に称変された。残りの飛行師団のうち、第一飛行師団が軍令で編合を令された他は、大陸命により編合を令された。 飛行師団は原則として飛行団を隷下に置いたが、飛行団を有さない飛行師団もあった。 飛行師団長には中将が親補された。事情により少将が統率する場合の職名は「師団長心得」(師団長代理)となる。


師 団略 歴
第一飛行師団 ・昭和十七年軍令陸甲第三一号(昭和十七年四月十三日)により司令部臨時編成
・昭和十八年軍令陸甲第三号(昭和十八年一月九日)により編合
 (旧独立第二五飛行団)
 第一航空軍編組に編入
・大陸命第七五〇号(昭和十八年二月五日)により第一航空軍司令官隷下のまま
 北方軍(北東方面担任)司令官指揮下に配属
・大陸命第九六七号(昭和十九年三月十六日)により第五方面軍戦闘序列に編入
大陸命第一〇八〇号(昭和十九年七月二十二日)により作戦に関して
 連合艦隊司令長官(第一二航空艦隊司令長官)指揮下に編入
・大陸命第一二九〇号(昭和二十年三月三十日)により連合艦隊司令長官指揮下より
 離脱
・大陸命第一三二五号(昭和二十年五月八日)により航空総軍戦闘序列に編入     
第二飛行集団
→第二飛行師団
・昭和七年軍令陸甲第二六号(昭和七年六月六日)により関東軍飛行隊編成下令
・昭和十年軍令陸甲第四号(昭和十年三月三十日)により関東軍飛行集団に改称
・昭和十三年軍令陸甲第二七号(昭和十三年五月二十三日)により第二飛行集団編合
・昭和十四年軍令陸甲第一九号(昭和十四年六月七日)により第二飛行集団編合更改
・昭和一五年軍令陸甲第二五号(昭和十五年七月十七日)により第二飛行集団編合更改
・昭和十七年軍令陸第五号「飛行師団司令部令」(昭和十七年四月十四日)により
 第二飛行集団司令部を称変、同時に第二飛行集団を「第二飛行師団」と改称し編合
 第二航空軍編組に編入
・大陸命第一〇一〇号(昭和十九年五月十二日)により飛行部隊中心に編合更改
 不必要な消耗を防ぐための一時措置として南方軍総戦闘序列に編入
 (南方軍総司令官直属)
・大陸命第一一二七号(昭和十九年九月十三日)により第四航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二五八号(昭和二十年二月十七日)により解隊
・昭和二十年軍令陸甲第八三号(昭和二十年五月十七日)により司令部復帰     
第三飛行集団
→第三飛行師団
・昭和十四年軍令陸甲第二〇二号(昭和十四年九月一日)により
 第三飛行集団司令部を臨時編成
・大陸命第三四四号(昭和十四年九月一日)により第三飛行集団を編合
 北支那方面軍戦闘序列に編入
・昭和一五年軍令陸甲第二五号(昭和十五年七月十七日)により第三飛行集団編合更改
・大陸命第四四三号(昭和十五年七月三十日)により司令部を南支那方面軍司令官
 指揮下に配属  (北部仏印進駐対応)
・大陸命第四七二号(昭和十五年十一月十九日)により上記を支那派遣軍総司令官
 隷下に復帰 ・大陸命第五五五号(昭和十六年十一月六日)により南方軍戦闘序列に編入
・昭和十七年軍令陸第五号「飛行師団司令部令」(昭和十七年四月十四日)により
 第三飛行集団司令部を称変、同時に第三飛行集団を「第三飛行師団」と改称し、編合
・大陸命六五三号(昭和十七年七月十日)により編合更改
・大陸命第九四五号(昭和十九年二月十五日)により解隊、第五航空軍に昇格     
第四飛行集団
→第四飛行師団
・昭和十七年二月第四飛行集団司令部臨時編成(編成下令の軍令は不詳)
・大陸命第六〇七号(昭和十七年三月二十日)により第四飛行集団を編合
・昭和十七年軍令陸第五号「飛行師団司令部令」(昭和十七年四月十四日)により
 第四飛行集団司令部を称変、同時に第四飛行集団を「第四飛行師団」と改称し、編合
 第二航空軍編組に編入
・大陸命第一〇一〇号(昭和十九年五月十二日)により地上部隊中心に編合更改
 第四航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二五八号(昭和二十年二月十七日)により第一四方面軍戦闘序列に編入     
第五飛行集団
→第五飛行師団
・軍令陸甲第二六号(昭和十五年七月十七日)により第五飛行集団司令部臨時編成
・昭和一五年軍令陸甲第二五号(昭和十五年七月十七日)により第五飛行集団編合
・大陸命第五五五号(昭和十六年十一月六日)により南方軍戦闘序列に編入
・昭和十七年軍令陸第五号「飛行師団司令部令」(昭和十七年四月十四日)により
 第五飛行集団司令部を称変、同時に第五飛行集団を「第五飛行師団」と改称し、編合
・大陸命六五三号(昭和十七年七月十日) により編合更改
 第三航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第九一二号(昭和十八年十二月二十八日)により編合更改     
第六飛行師団 ・昭和十七年軍令陸甲第一〇一号(昭和十七年十一月二十八日)により
 司令部臨時編成
・大陸命第七二一号(昭和十七年十一月二十七日)により編合
 第八方面軍戦闘序列に編入
・大陸命第八一八号(昭和十八年七月二十八日)により第四航空軍戦闘序列に編入
・昭和十九年軍令陸甲第九三号(昭和十九年七月二十五日)により司令部復帰
・大陸命第一一〇五号(昭和十九年八月十九日)により解隊     
第七飛行師団 ・昭和十八年軍令陸甲第七号(昭和十八年一月二十八日)により司令部臨時編成
・大陸命第七四四号(昭和十八年一月三十日)により編合
 第三航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第八一八号(昭和十八年七月二十八日)により第四航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二五八号(昭和二十年二月十七日)により第三航空軍戦闘序列に編入
昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により司令部復帰     
第八飛行師団 ・昭和十九年軍令陸甲第六一号(昭和十九年六月八日)により司令部臨時編成
・大陸命第一〇二三号(昭和十九年六月十日)により編合
 台湾軍戦闘序列に編入
大陸命第一〇八〇号(昭和十九年七月二十二日)により作戦に関して
 連合艦隊司令長官(第二航空艦隊司令長官)指揮下に編入
・大陸命第一一五六号(昭和十九年十月二十三日)により連合艦隊司令長官指揮下より
 離脱     
第九飛行師団 ・昭和十八年軍令陸甲第一一八号(昭和十八年十二月十日)により司令部臨時編成
・大陸命第九一二号(昭和十八年十二月二十八日)により編合
 第三航空軍戦闘序列に編入     
第一〇飛行師団 ・昭和十九年軍令陸甲第二七号(昭和十九年三月八日)により司令部臨時編成
・大陸命第九六一号(昭和十九年三月八日)により編合
 第一航空軍編組に編入、防衛総司令官指揮下に配属
・大陸命第一〇〇三号(昭和十九年五月五日)により防衛総司令官隷下に編入
・大陸命第一二一二号(昭和十九年十二月二十六日)により第六航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により第一航空軍戦闘序列に編入     
第一一飛行師団 ・昭和十九年軍令陸甲第八七号(昭和十九年七月十五日)により司令部臨時編成
・大陸命第一〇六七号(昭和十九年七月十七日)により編合
 防衛総司令官隷下
・大陸命第一二一二号(昭和十九年十二月二十六日)により第六航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により第一航空軍戦闘序列に編入
大陸命第一三六六号(昭和二十年七月十八日)により航空総軍司令官直属に編入     
第一二飛行師団 ・昭和十九年軍令陸甲第八七号(昭和十九年七月十五日)により司令部臨時編成
・大陸命第一〇六七号(昭和十九年七月十七日)により編合
 防衛総司令官隷下
・大陸命第一二一二号(昭和十九年十二月二十六日)により第六航空軍戦闘序列に編入
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により第六航空軍戦闘序列に編入     
第一三飛行師団 ・昭和二十年軍令陸甲第三三号(昭和二十年二月二十六日)により司令部臨時編成
・大陸命第一二七〇号(昭和二十年三月六日)により編合
 第五航空軍戦闘序列に編入     

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【教導飛行師団】
昭和十九年に入って戦局が悪化すると下志津陸軍飛行学校以下6学校が教導飛行師団に改変され、教育と実戦を担うようになった。 教導飛行師団は軍令陸乙により編成されたこと、陸軍航空総監隷下にあったことから、その任務は「教育」に重点が置かれたことは明らかであるが、 明野教導飛行師団が第三〇戦闘飛行集団司令部・飛行第二〇〇戦隊等臨時編成の母体となる等、新規編成部隊への人員・資材供給源としての役割も果たした。 昭和二十年後半になり本土決戦が意識されるようになると、教導飛行師団は作戦部隊と教育部隊とに再編され、教育部隊は 教導飛行師団(陸軍航空本部長隷下)に編合された。


師 団略 歴
下志津教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 下志津陸軍飛行学校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
明野教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 明野陸軍飛行学校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
・昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
常陸教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 明野陸軍飛行学校分校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
・昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
鉾田教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 鉾田陸軍飛行学校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
・昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
浜松教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 浜松陸軍飛行学校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
・昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
宇都宮教導飛行師団・昭和十九年軍令陸乙第二九号(昭和十九年六月十三日)により
 白城子陸軍飛行学校を改変
・大陸命第一二九八号(昭和二十年四月八日)により航空総軍司令官隷下に編入
・昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により復帰     
教導飛行師団昭和二十年軍令陸甲第一〇三号(昭和二十年七月十日)により
 司令部臨時編成、編合 (陸軍航空本部長隷下)

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【航空師団】
他に教育部隊である第一飛行集団(後に第五一教育飛行師団に改変)、第五一教育飛行師団(後に第五一航空師団に改変)、第五一〜第五三・第五五航空師団があった。


師 団略 歴
第一飛行集団
→第五一教育飛行師団
→第五一航空師団
・昭和十三年六月第一飛行集団司令部臨時編成(編成下令の軍令は不詳)
・昭和十三年軍令陸甲第二七号(昭和十三年五月二十三日)により第一飛行集団編合
・昭和十四年軍令陸甲第一九号(昭和十四年六月七日)により第一飛行集団編合更改
・昭和一五年軍令陸甲第二五号(昭和十五年七月十七日)により第一飛行集団編合更改
・昭和十七年軍令陸甲第三一号(昭和十七年四月十三日)
 により第一飛行集団を「第五一教育飛行師団」と称変
・昭和二十年軍令陸甲第二七号(昭和二十年二月十三日)により第五一教育飛行師団を
 「第五一航空師団」と称変
第五二航空師団・昭和二十年軍令陸甲第二七号(昭和二十年二月十三日)により編合     
第五三航空師団・昭和二十年軍令陸甲第二七号(昭和二十年二月十三日)により編合     
第五五航空師団・昭和十九年軍令陸甲第九四号(昭和十九年七月二十五日)により編合

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Last Update 2015/10/25