第一四師団編制

第一四師団の編成は日露戦争時の明治三十八年六月十三日にまで遡る。 師団は乃木希典大将の第三軍に編入されたが、既に主な目標拠点は制圧されており、本師団は警備任務のみに就き実戦は経験しなかった。 以降常備師団中の一師団(平時編制)として維持された。 支那事変勃発と共に本師団は動第三号(昭和十二年八月十四日)により動員された。この時は4単位制師団であった。

第一四師団編合(1)
第一四師団司令部
歩兵第二七旅団団司令部
  歩兵第二聯隊
  歩兵第五九聯隊
歩兵第二八旅団団司令部
  歩兵第一五聯隊
  歩兵第五〇聯隊
騎兵第一八聯隊
野砲兵第二〇聯隊
工兵第一四聯隊
輜重兵第一四聯隊
第一四師団通信隊
第一四師団兵器勤務隊
第一四師団衛生隊
第一四師団第一野戦病院
第一四師団第二野戦病院
第一四師団第三野戦病院
第一四師団第四野戦病院
第一四師団病馬廠


本師団は臨参命第八一号(昭和十二年八月三十一日)により北支那方面軍第一軍戦闘序列に編入された。 徐州会戦から漢口攻略作戦に参加後は警備任務に任じていたが、昭和十四年十二月にこれを第三五師団に引継ぎ 内地に帰還した。昭和十五年一月上旬には復第一四号(昭和十四年八月十一日発令)による復員を完了して平時編制に復帰した。 その後「昭和十五年在満軍備改変要領」(昭和十五年軍令陸甲第一五号 七月十日)により編制改正(四単位制から三単位制への移行等)が行われた。

第一四師団編合(2)
第一四師団司令部
  第一四師団制毒訓練所
  第一四師団病馬収療所
  第一四師団兵器修理所
第一四歩兵団司令部
  歩兵第二聯隊
     本部、大隊3、歩兵砲大3、通信中1
  歩兵第一五聯隊
  歩兵第五九聯隊
捜索第一四聯隊
   本部、乗馬中1、乗車中2、装甲車中1、自動車中1
第一四砲兵団司令部
  野砲兵第二〇聯隊
     本部、野中3、十榴中6、十五榴中3
工兵第一四聯隊
   本部、中隊3、器材小1
輜重兵第一四聯隊
   本部、輓馬中3、自動車中3
第一四師団戦車隊
第一四師団通信隊
第一四師団制毒隊


昭和十六年三月時点で以下の部隊は編成されていない。
  第一四師団兵器修理所
  第一四砲兵団司令部
  第一四師団戦車隊
本師団は大陸命第四四八号(昭和十五年八月二十三日)により満州駐箚を命ぜられ、 関東軍の隷下に編入された。満州への移動は九月に行われた。 その後独ソ開戦に伴った関特演時に動員され、戦時編制を取った。

関特演時の第一四師団の場合の編合は以下のとおりであった。

第一四師団編合(3)
第一四師団司令部
第一四歩兵団司令部
  歩兵第二聯隊
     本部、大隊3、歩兵砲大1、通信中1
  歩兵第一五聯隊
  歩兵第五九聯隊
捜索第一四聯隊
     本部、乗馬中1、乗車中2、装甲車中1、自動車中1
第一四砲兵団司令部
  野砲兵第二〇聯隊
     本部、野砲3中、十榴6中、十五榴3中
工兵第一四聯隊
     本部、中隊3、器材小1
輜重兵第一四聯隊
     本部、輓馬中3、自動車中3
第一四師団通信隊
     有線中2、無線隊1
第一四師団兵器勤務隊
第一四師団衛生隊
第一四師団制毒隊
第一四師団第一野戦病院
第一四師団第二野戦病院
第一四師団第三野戦病院
第一四師団第四野戦病院
第一四師団病馬廠
第一四師団防疫給水部


関特演時の編制の詳細は関特演時の師団編制を参照されたい。

第一四師団は第三方面軍司令官直属として満州に拘置されていたが、昭和十九年一月に第二九師団と共に南方への転用が決まった。 本師団は大陸命第九三五号(昭和十九年二月十日)により関東軍第三方面軍編祖より脱除され、 第二軍戦闘序列に編入された。同日昭和十九年軍令陸甲第一〇号(昭和十九年二月十日)により第一四師団は「海洋編制師団」に改変するために臨時動員された。 残念ながらこの軍令は現存していないので、「海洋編制師団」の編制が完全に分かっている訳ではない。 以降は軍令以外の史料による第一四師団の編制の概要であるが、これらは主として山下義之 「支那事変大東亜戦争における師団の編制」 に拠った。 「海洋編制師団」としての第一四師団の編合を以下に示す。

第一四師団編合(4)
第一四師団司令部
歩兵第二聯隊A聯隊
歩兵第一五聯隊B聯隊
歩兵第五九聯隊A聯隊
第一四師団戦車隊
第一四師団通信隊
第一四師団輜重隊輜重兵第一四聯隊ヲ基幹トシテ臨時動員
第一四師団海上輸送隊独立工兵第二二聯隊ヲ基幹トシテ西部「ニューギニア」ニテ編成
第一四師団兵器勤務隊
第一四師団経理勤務隊
第一四師団野戦病院


以下の部隊は復帰した。
  第一四歩兵団司令部
  捜索第一四聯隊
  野砲兵第二〇聯隊(歩兵聯隊の砲兵大隊編成の基幹に充用して復員)
  工兵第一四聯隊(歩兵聯隊の工兵中隊・作業中隊編成の基幹に充用して復員)
  輜重兵第一四聯隊(師団輜重隊・歩兵聯隊の補給中隊編成の基幹に充用して復員)
  第一四師団制毒隊
  第一四師団衛生隊(歩兵聯隊の衛生隊編成の基幹に充用して復員)
  第一四師団第一〜第四野戦病院(師団野戦病院編成の基幹に充用して復員)
  第一四師団病馬廠
  第一四師団防疫給水部


第一四師団は当初西部ニューギニアに派遣される予定であったがその後情勢の変化に伴い、大陸命第九七一号(昭和十九年三月二十日)により 第三一軍戦闘序列序列に編入された。 第一四師団各部隊は三月十八日阿蘇山丸・東山丸・能登丸に乗船して大連を出港した。この船団は三月三十日鎮海湾にて 第三五師団第一梯団乗船の三池丸と会同し翌日出港した。これらを含めた「東松五号船団」は四月六日横浜を出航し、その後曲折を経て二十四日パラオに到着した。 師団は主力をパラオ・バベルダオブ島に置き、歩兵第五九聯隊の2個大隊基幹をアウンガル島に、 歩兵第二聯隊の2個大隊基幹をぺリリュー島に配置した。 ぺリリュー島守備隊は九月、アウンガル島守備隊は十月に玉砕したが、バベルダオブ島の主力は同地で終戦を迎えた。 なお、第一四師団を含むパラオ地区集団は大陸命第一一〇九号(昭和十九年八月二十四日)により南方軍戦闘序列に編入されている。



以下に第一四師団の各部隊の編制表要約を示す。


【司令部】
第一四師団司令部の編制は第三六師団司令部と概ね同じであるが、編制定員が異なる。

【A聯隊】
A聯隊は占領した島嶼の防衛にあたる聯隊である。第一四師団では歩兵第二聯隊・第五九聯隊がこの編制をとった。
A聯隊の主要装備は以下のとおりで、復帰した野砲兵第二〇聯隊の装備である野砲・十榴を有していた。
    九六式軽機関銃  108
    八九式重擲弾筒  112
    九二式重機関銃   18
    九四式速射砲      6
    九二式歩兵砲      6
    九五式野砲       4
    九一式十榴       8



A聯隊の編制表要約を以下に示す。 補給中隊は輜重兵第一四聯隊を改変したものである。 「兵補」の配属は無い。


【B聯隊】
B聯隊は占領された島嶼への逆上陸を含む海上機動反撃にあたる聯隊であり、その目的のためA聯隊より重装備を有していた。 第一四師団では歩兵第一五聯隊がこの編制をとった。B聯隊の主要装備は以下のとおりであった。
    九六式軽機関銃  108
    八九式重擲弾筒  112
    九二式重機関銃   18
    九七式自動砲      9
    九七式曲射歩兵砲  54
    九八式高射機関砲   6
    九四式速射砲      6
    四一式山砲        9
    軽戦車            9

B聯隊の編制表要約を以下に示す。作業小隊とは戦闘工兵より成る小隊である。



【戦車隊】
昭和十九年三月十八日大連を出発し四月二十四日にぺリリュー島に上陸した。 昭和十九年九月十五日に上陸した米軍と激戦の上玉砕した。

戦車隊の定数には誤認がある。 第三一軍司令部から捕獲した文書に基づく米軍の調査では
   各小隊:   軽戦車4輌
   整備小隊: 軽戦車1輌
である。

【通信隊】

【輜重隊】

【海上輸送隊】
第一四師団は当初豪北に派遣される予定だったので、海上輸送隊は独立工兵第二二聯隊を基幹として西部ニューギニアで編成された。 しかしその後の情勢の変化で師団は第三一軍に編入されたため、海上輸送隊は大陸命第九七九号(昭和十九年三月二十七日)により 第一四師団編合から脱除され第二軍戦闘序列に編入された。 その後第三中隊主力および第一中隊一部は歩兵第二二二聯隊を主力とするビアク支隊に編入された。

【兵器勤務隊】

【経理勤務隊】
軍需品特に糧秣の生産・集積補給、被服の修理、建築勤務、その他労役等の緒勤務に任ずる。 兵補の配備は無い。

【野戦病院】

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Last Update 2014/09/05