第五二師団編制

昭和十五年八月から常設師団のうちの8個が満州に永久駐箚することになった。 代替の常設師団として「昭和十五年軍備改変要領其ノ二」(軍令陸乙第二二号、昭和十五年七月十日) により五〇番台師団7個が留守師団を基幹に編成された。

第五一師団(宇都宮)  留守第一四師団(宇都宮)ヨリ
第五二師団(金沢)  留守第九師団(金沢)ヨリ
第五三師団(京都)  留守第一六師団(京都)ヨリ
第五四師団(姫路)  留守第一〇師団(姫路)ヨリ
第五五師団(善通寺)  留守第一一師団(善通寺)ヨリ
第五六師団(久留米)  留守第一二師団(久留米)ヨリ
第五七師団(弘前)  留守第八師団(弘前)ヨリ


これらは平時編制(人員は戦時編制の2/3程度)であり、第五二師団の場合の編合は以下のとおりであった。 平時編制ゆえ、兵器勤務隊・野戦病院・病馬廠・防疫給水部等は編合に含まれていない。 また歩兵聯隊の残りの1個、歩兵第一五〇聯隊は未だ編成されていない。

第五二師団編合(1)
第五二師団司令部
第五二歩兵団司令部
  歩兵第六九聯隊
  歩兵第一〇七聯隊
騎兵第五二聯隊
山砲兵第一六聯隊
工兵第五二聯隊
輜重兵第五二聯隊
第五二師団通信隊


開戦直前の昭和十六年十二月、昭和十六年軍令陸甲第九四号(昭和十六年十二月四日)により本師団は臨時編成(動員)され、 大本営予備として内地で待機した。この時の第五二師団の編合は以下のとおりである。

第五二師団編合(2)
第五二師団司令部
第五二歩兵団司令部
  歩兵第六九聯隊
  歩兵第一〇七聯隊
  歩兵第一五〇聯隊
騎兵第五二聯隊
山砲兵第一六聯隊
工兵第五二聯隊
輜重兵第五二聯隊
第五二師団通信隊
第五二師団兵器勤務隊
第五二師団衛生隊
第五二師団第一野戦病院
第五二師団第二野戦病院
第五二師団第四野戦病院
第五二師団病馬廠
第五二師団防疫給水部


開戦後の南方攻略は順調に進捗し、本師団は「復帰第四号」(昭和十七年六月二十七日)により復帰を下令され、 先に述べた平時編制に復した。しかし昭和十八年に入ってから戦局は悪化し、九月一日には米機動部隊が南鳥島を空襲した。 ここに至り大本営は第五二師団の動員「動第二四号」(九月二日)、甲支隊の編成・派遣(大陸命第八三七号 九月六日)を決定した。

甲支隊は第五二師団から抽出され、その編成(ここでは「部隊構成」の意味)は以下のとおりであった。 船舶工兵や十五榴大隊も配属の予定であったが、甲支隊はこれらを待たず九月十日編成を完結した。 支隊は3回に分けて九月二十七日までにポナペへの進出を完了した。

甲支隊編成
歩兵第一〇七聯隊
   歩兵大隊(四歩兵中隊、機関銃中隊、歩兵砲小隊)3
   歩兵砲中隊(聯隊砲2、速射砲2)
   通信中隊(有線小隊2)
山砲兵第一六聯隊第三大隊
   山砲小隊(山砲4)
   大隊段列
工兵第五二聯隊第二中隊


第五二師団は前述のとおり九月二日に動員を下令され、中旬には編成を完結した。その編合は以下のとおりである。

第五二師団編合(3)
第五二師団司令部
第五二歩兵団司令部
  歩兵第六九聯隊
  歩兵第一〇七聯隊
  歩兵第一五〇聯隊
騎兵第五二聯隊
第五二砲兵団司令部
  山砲兵第一六聯隊
工兵第五二聯隊
輜重兵第五二聯隊
第五二師団通信隊
第五二師団兵器勤務隊
第五二師団衛生隊
第五二師団第一野戦病院
第五二師団第二野戦病院
第五二師団第三野戦病院
第五二師団第四野戦病院
第五二師団病馬廠


甲支隊を除く本師団主力は原駐地により訓練を重ねていた中、大陸命第八六一号(昭和十八年十月十四日)により先遣隊を トラック島に派遣した。本師団は大陸命第八七四号(昭和十八年十月二十日)により東部軍司令官隷下・連合艦隊司令長官指揮下に置かれ、 この大命により甲支隊も師団に復帰した。同日の昭和十八年軍令陸甲第九五号により第五二師団は「海洋編制師団」に改変された。 残念ながらこの軍令は現存していないので、「海洋編制師団」の編制が完全に分かっている訳ではない。 第五二師団は以下のようにしてトラック島に移動した。
◇ 第一梯団(師団司令部、歩兵第六九聯隊<第二大隊欠>、歩兵第一五〇聯隊第三大隊、師団直轄部隊の一部)
    十二月二十四日宇品発 日昌丸・妙義丸乗船
    一月四日 トラック到着
◇ 第二梯団(歩兵第一五〇聯隊<第三大隊欠>、歩兵第六九聯隊第二大隊、師団直轄部隊の大部)
    一月二十七日宇品発 暁天丸・辰羽丸乗船
    二月五日館山沖発
    二月十七日暁天丸・辰羽丸沈没
    人員1、800名は救出されたが、人員700名および全装備品が海没した。
第五二師団はトラック島の守備任務についたが、米軍の上陸は無く終戦まで自活を続けた。

    

「海洋編制師団」としての第五二師団の編合を以下に示す。

第五二師団編合(4)
第五二師団司令部
歩兵第六九聯隊A聯隊
歩兵第一〇七聯隊B聯隊
歩兵第一五〇聯隊A聯隊
第五二師団戦車隊習志野ニテ臨時編成
第五二師団通信隊
第五二師団輜重隊輜重兵第五二聯隊ヲ基幹トシテ臨時動員
第五二師団海上輸送隊独立工兵第五一大隊ヲ基幹トシテ臨時動員
第五二師団兵器勤務隊
第五二師団経理勤務隊
第五二師団野戦病院


ここで
  A聯隊: 要地確保反撃に任ずる聯隊
  B聯隊: 海上機動反撃に任ずる聯隊でA聯隊より重装備の諸兵科連合部隊
以下の部隊は復員した。
  第五二歩兵団司令部
  騎兵第五二聯隊
  山砲兵第一六聯隊(歩兵聯隊の砲兵大隊編成の基幹に充用して復員)
  工兵第五二聯隊(歩兵聯隊の工兵中隊・作業中隊編成の基幹に充用して復員)
  輜重兵第五二聯隊(師団輜重隊・歩兵聯隊の補給中隊編成の基幹に充用して復員)
  第五二師団衛生隊(歩兵聯隊の衛生隊編成の基幹に充用して復員)
  第五二師団第一〜第四野戦病院(師団野戦病院編成の基幹に充用して復員)
  第五二師団病馬廠


以下に第五二師団の各部隊の編制表要約を示す。


【司令部】
第五二師団司令部の編制は「昭和十六年度陸軍動員計画令」の附表第五に基づく。但し獣医部を欠いている。

【A聯隊】
A聯隊は占領した島嶼の防衛にあたる聯隊である。第五二師団では歩兵第六九聯隊・第一五〇聯隊がこの編制をとった。
A聯隊の主要装備は以下のとおりで、復帰した山砲兵第五二聯隊の装備である山砲を有していた。
    九九式軽機関銃  108
    八九式重擲弾筒  108
    九二式重機関銃   18
    九四式速射砲      6
    九二式歩兵砲      6
    九四式山砲       12

A聯隊の編制表要約を以下に示す。 補給中隊は第五二師団輜重隊を改変したためで、労務作業のための兵補500名を擁する。 「兵補」というのは占領地の現地人を雇用したもので、身分は軍属に準じた。

陸亜機密第三九八号(昭和十九十月二十日)により以下の人員が欠員とされた。
   乗馬班要員       34名
   獣医部将校下士官   5名
   兵定員の一割    252名
   計            291名
編制定員3、165名から上記291名が欠如されたので、編制定員は編制人員表に示される2、874名となった。



【B聯隊】
B聯隊は占領された島嶼への逆上陸を含む海上機動反撃にあたる聯隊であり、その目的のためA聯隊より重装備を有していた。 第五二師団では歩兵第一〇七聯隊がこの編制をとった。B聯隊の主要装備は以下のとおりであった。
    九九式軽機関銃  108
    八九式重擲弾筒  112
    九二式重機関銃   18
    九七式自動砲      9
    九八式歩兵曲射砲  54
    九八式高射機関砲   6
    九四式速射砲      6
    四一式山砲        9
    四一式軽迫撃砲     6
    軽戦車          9

陸亜機密第三九八号(昭和十九十月二十日)により兵定員の一割321名が欠員となったので、編制定員は3、964名から 編制人員表記載の3、643名となった。

B聯隊の編制表要約を以下に示す。作業小隊とは戦闘工兵より成る小隊である。

【戦車隊】

戦車隊の定数には誤認がある。 第三一軍司令部から捕獲した文書に基づく米軍の調査では
   各小隊:   軽戦車4輌
   整備小隊: 軽戦車1輌
である。

【通信隊】

【輜重隊】

【海上輸送隊】
編制定員は第三六師団海上輸送隊と同じである。 配備された、あるいは配備予定の舟艇等の定数は明らかでないが、第三六師団海上輸送隊と同じであると考えられる。

【兵器勤務隊】

【経理勤務隊】
軍需品特に糧秣の生産・集積補給、被服の修理、建築勤務、その他労役等の緒勤務に任ずる。 その他労役等の緒勤務に任ずる。原住民から成る兵補2、000名を擁する。

【野戦病院】

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Last Update 2014/09/05